鼠径部痛は股関節をハードに使うアスリートで経験することの多い症状のひとつです。私が勤務している整形外科にも鼠径部痛に悩まされているアスリートが来院しリハビリを担当することがあります。
股関節周囲,鼠径部周囲の痛みは特にサッカー選手で多い傾向があり,競技を休まなければならない状況となる原因になります1)。小さいころからのエリートサッカー選手では股関節の骨形態変化が生じるケースが多いという報告があり2),小さいころからの股関節オーバーユース→骨形態変化→大腿骨寛骨臼インピンジメント症候群という流れで痛みが発生してくるのかと思っていました。
最近読んだ論文で,どうやら骨形態変化があるからといって鼠径部痛を起こしやすいわけではないかもしれない,ということが報告されていました3)。
プロサッカー選手を対象として,筋骨格系の身体機能とレントゲン写真での内因性リスクファクターとトレーニングや試合に参加できなくなる股関節/鼠径部の障害との関連をみた研究です。
研究デザインは前向きコホート研究。
対象はカタールのプロサッカーリーグに所属する18歳以上の男性サッカー選手。2シーズンの前向き追跡調査し少なくとも1シーズン追跡できたものを取り込み。
スクリーニングは疼痛誘発テスト(FADIR,FABER,股関節屈曲0°と45°でのSqueeze test),股関節可動域,股関節内外転筋力(ブレークテストでの遠心性収縮と等尺性収縮)レントゲン(骨盤の前後像,45°Dunn viewで股関節の骨形態を評価)。
1日以上の試合/練習の不参加を記録。
鼠径部痛はドーハの合意に基づき,内転筋関連,鼠径部関連,腸腰筋関連,恥骨関連,股関節関連,その他に分類
股関節/鼠径部損傷のリスク因子の推定のため,ハザード比(Hazard Ratios; HR)とCox回帰モデル(Cox regression model)を算出
結果。
最終的に438名(609プレイヤーシーズン)を解析対象。
そのうち113の股関節/鼠径部損傷が今回の取り込み基準を満たした。内訳は内転筋関連85, 腸腰筋関連15, 鼠径部関連8, 恥骨関連14, 股関節関連1。
選手の骨形態の異常有病率は,cam71%(large cam33%), pincer5%, Acetabular dysplasia13%。
Cox回帰分析のハザード比を見てみると(下記表参照)
- 過去の股関節/鼠径部損傷が股関節/鼠径部損傷のリスクを高める(HR 1.8; 95%CI 1.2-2.7)。
- 高い内転筋力(平均より1 SD以上)は股関節/鼠径部損傷のリスクを高める(HR 1.6; 95%CI 1.0-2.5)。
- 低い内転筋力(平均より1 SD以下)は遠心性内転筋関連鼠径部痛のリスクを高める(HR 1.7; 95%CI 1.0-3.0)。
- その他の筋骨格系スクリーニングやレントゲン所見による骨形態異常は損傷リスクと関連しなかった。
股関節/鼠径部痛のリスク因子
リスク因子 | Hazard Ratio | 95%CI | P値 |
過去の股関節/鼠径部損傷 | 1.78 | 1.16-2.73 | .008 |
利き足 | 1.39 | 0.99-1.97 | .061 |
遠心性の股関節内転筋力(低いグループ) | 1.51 | 0.93-2.47 | .099 |
遠心性の股関節内転筋力(高いグループ) | 1.62 | 1.04-2.51 | .032 |
内転筋関連鼠径部痛に限った際のリスク因子
リスク因子 | Hazard Ratio | 95%CI | P値 |
過去の股関節/鼠径部損傷 | 2.09 | 1.30-3.36 | .002 |
遠心性の股関節内転筋力(低いグループ) | 1.74 | 1.02-2.97 | .041 |
遠心性の股関節内転筋力(高いグループ) | 1.27 | 0.72-2.25 | .415 |
遠心性の内転筋筋力が高い場合は股関節/鼠径部痛全般のリスクが高くなるが,遠心性の内転筋力が低い場合は内転筋関連鼠径部痛のリスクが高くなるというのが面白い(が,考察でも述べられているがケガ側と非ケガ側の筋力差は8N程度と微妙なところ)。内転筋関連鼠径部痛のメカニズムは他の鼠径部痛と違うのではないか。75%は内転筋関連だから内転筋のトレーニングは予防効果が見込めるかも?という考察。
この報告の大きな興味のひとつが,股関節の骨形態変化が鼠径部痛のリスクになるのか?でしたが,今回の対象群ではリスクにならないという結果になりました。股関節関連少なすぎ(1caseのみ。。。)なので何とも言えないところがありますが,Cam変形が多い(選手の71%)にもかかわらず股関節由来の鼠径部痛が少ないということは単純にCam変形→股関節/鼠径部痛となるわけではないのでしょう。
現状としてはまだ股関節/鼠径部痛リスクのある選手を特定するスクリーニングとして何が良いのかはわからない。鼠径部痛は股関節だけの評価ではリスクを明らかにできないので,臨床での実践としては骨盤帯~腰椎~胸椎・胸郭までの動きの関連を広い視点で評価して,負荷がかかる要因を分析して治療を進めるのが良いのかなと考えます。
予防策としては内転筋関連鼠径部痛の予防のために遠心性の内転筋トレーニングが良いかも。というところで,そこに関しては介入研究が出てくるのを待ちたいと思います。
参考文献
1. Mosler AB, Weir A, Eirale C, Farooq A, Thorborg K, Whiteley RJ, et al. Epidemiology of time loss groin injuries in a men’s professional football league: a 2-year prospective study of 17 clubs and 606 players. British journal of sports medicine. 2018 Mar;52(5):292-7. Epub 2017/07/02.
2. Agricola R, Heijboer MP, Ginai AZ, Roels P, Zadpoor AA, Verhaar JA, et al. A cam deformity is gradually acquired during skeletal maturation in adolescent and young male soccer players: a prospective study with minimum 2-year follow-up. The American journal of sports medicine. 2014 Apr;42(4):798-806. Epub 2014/03/04.
3. Mosler AB, Weir A, Serner A, Agricola R, Eirale C, Farooq A, et al. Musculoskeletal Screening Tests and Bony Hip Morphology Cannot Identify Male Professional Soccer Players at Risk of Groin Injuries: A 2-Year Prospective Cohort Study. The American journal of sports medicine. 2018 May;46(6):1294-305. Epub 2018/03/28.
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