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東大SPH2年コースの1年目を終えての感想

Public Health

理学療法士としての臨床メインの生活から離れ、東大SPH(公衆衛生大学院)の2年コースに入学して1年が経ちました。2024年入学の東大SPH18期生です。2年コースの半分となる1年が経過したところで、現時点での感想と授業のまとめをしてみたいと思います。この1年で得られたものは多岐にわたりますが、自分のなかでの重要な変化としては、授業での学びや同期とのディスカッションなどを通して、自分の持っていた公衆衛生に対するイメージが「正しい知識を広める啓蒙」に偏りすぎていることに気付いたこと、があります。

文章中にでてくる「SPH」と「MPH」という略称がややこしいですが、

SPH: School of Public Health (公衆衛生大学院)

MPH: Master of Public Health (公衆衛生修士)

となっていて、SPHを修了するとMPHの学位が取得できるということです。

そもそも公衆衛生とは?について考える

「そもそも公衆衛生とは?」といったことを考えることは、通常の臨床業務をしている中ではなかなか無いですよね。School of Public Health だけあって、そのあたりから考えるきっかけがありました。

WHOのPublic Healthの定義は “the science and art of preventing disease, prolonging life, and promoting health through the organized efforts and informed choices of society, organizations, communities, and individuals” とされています。ひとつポイントとなるのは”science and art“となっている点です。

ここでの”art”をどう訳すかいくつかありますが、私は、実務的な技術、経験、直感、判断力、創造性といったニュアンスを含んだものとして解釈しています。

公衆衛生大学院プログラム校連絡会議による日本における Master of Public Health (MPH)取得者が持つべき知識とコンピテンシーによると、公衆衛生は下記のように定義されています。

大学基準協会では、公衆衛生を「ひとびとの健康と生活の質の維持・向上を目指した、理論と実践を伴う組織的活動」と定義しており、理論の修学と研究の実施のみならず、関連する領域で科学的根拠に基づいた組織での活動を実施し、社会への働きかけ(アドボカシ―)を通じて人々を健康に導くことを使命としている。

こちらの定義でも、「理論と実践」となっています。「art」「実践」といったワードは、公衆衛生が科学的知識だけでなく、人間の行動や社会的要因への深い理解に基づく多面的、総合的なアプローチが必要なことを示唆していると思います。

日本語の方の表現はちょっとえらそうですよね。とくに「人々を健康に導くことを使命」なんかはいまにも権威を振りかざしてきそうな雰囲気があります。実際、公衆衛生は人々の生活に対して権威的な側面を持っています。これをはっきりと認識できたこともSPHでの学びのひとつです。公衆衛生上の活動を行う際には、権威的であることに自覚的であって、そのうえで社会における実践がどのような理論背景によって正当化されるのか、されないのかといったことまで考える必要があるのです。医学も健康を至上命題にしているため特有の権威をまとっていますが、「病気になった人を治療する」ことが主な病院での医療と違い、「疾病の予防」や「集団全体の健康」を活動の主体とする公衆衛生は、おせっかいに感じるような活動も多く反発を受けやすい側面もあります。感染症対策は公衆衛生のむかしながらの領域ですが、Covid-19流行時には行動の制限含め様々な議論があったことは記憶に新しいですよね。病院にいると気づきにくいですが、「患者」として病院に来る方と違い、一般の人々の「健康」に対するプライオリティはそこまで高くないことも多いです。かといって、Well-beingの土台には「健康」があったほうが良いので、健康への取り組みはあったほうが良い。そのおせっかいとも思われてしまう活動をいかに社会に受け入れてもらうのか、浸透させるのか。そのためには幅広い理論と科学的知見に基づいたうえで、それだけではないコミュニケーションや現場での調整力などの技術的な要素もとても重要です。

前述の日本における Master of Public Health (MPH)取得者が持つべき知識とコンピテンシーよると

公衆衛生の基本5領域は、疫学(epidemiology)、生物統計学(biostatistics)、環境健康科学(environmental health sciences)、社会行動科学(social and behavioral sciences)、健康政策管理学(health services administration)であり、

MPHコンピテンシーは、プロフェッショナリズム、リーダーシップ、システム思考、計画策定とマネジメント、情報科学の素養、コミュニケーション、多様性の受容と理解・配慮、国際性、政策提言・社会実装への貢献(いわゆる アドボカシ―)とされていて、本当に幅広いです。

一人でこれらすべてに精通することは難しいですが、広い観点をもつことで複数のステークホルダーと協調して進めることができるようになることもMPHホルダーの強みなのかもしれません。ジリアン・テットのサイロ・エフェクトで指摘された”複雑な世界にはスペシャリストや専門家集団が必要だが、それと同時に統合的な、柔軟な視点で世界を見る必要もある”の柔軟な視点で細分化されたサイロ間の橋渡しもできる人材にMPHホルダーはなりえるのではないかと思います。私個人の理学療法士としての強みはジェネラリストであるというところともSPHでの学びはとてもマッチしていました。

ちなみに、裾野の広い公衆衛生的な考え方はリハビリテーションの思想とも相性がいいように感じています。理学療法士は疾病予防や産業保健、学校保健といったところにも職域が拡大してきているので理学療法士のMPHホルダーがそれらの活動に関わるとより良くなっていくのではと期待しています。

 

授業の時間割と感想

2024年度の授業の時間割は下記のような感じでした。私が履修or聴講した授業はハイライトしてあります。

色付きの授業が履修 or 聴講, 「※番号」は選択必修, 「※※」は必修

1年間振り返ってみると、MPHのコンピテンシーを網羅的にカバーしていて、非常によく練って構成されていると感じます。Public Healthにどっぷり浸かるなら全部の授業をとってもいいくらい。グループワークやディスカッションを取り入れた授業が多いので、多様なバックグラウンドを持つ同期と話をする時間はとても有意義でした。医学系の大学院だとどうしても医療系バックグラウンドだけになってしまいますが、東大SPHは医療系以外にも一般企業や行政バックグラウンドの方もいます。年齢も様々です。マシュー・サイドの多様性の科学にあった、ものの見方や考え方の枠組みから飛び出すために”多様な視点で、自分の盲点に気づかせてくれる人々(あるいは気づかせ合える人々)が必要”ということを実感する日々でした。

気持ち的にはもっと授業をとりたかったのですが、仕事と家庭の事情もあり、半日or1日空いている日を作るために泣く泣く取らなかった授業もあります。Aタームの「健康医療政策学」は2年次に履修するかもしれません。「医療倫理学」も履修したかったのですが、ゼミと被ってしまった事情もありとれず残念。。

私の東大SPH進学の目的のひとつに、疫学と疫学研究を体系的に学びたいというのがあったので、「保健医療経済学」「医療情報システム学」「臨床疫学」「臨床疫学・経済学演習」あたりの授業は非常に勉強になりました。「臨床疫学・経済学演習」では英語論文の書き方や科研費申請書の書き方といった実践的な内容もあり、ためになります。

どの授業も面白かったのですが、個人的に一番多くのことを考えたのは「健康社会学」でした。医療や健康の問題を扱う際に関連する社会学の理論をざっと学ぶ授業なのですが、公衆衛生に関わるうえで社会学の知識は重要だと実感しました。理学療法士養成過程では社会学はほとんど学ぶことはなかったような。社会学の複数のセオリーをレンズとして切り替えつつ、社会で起きている現象や問題を見つめると異なる捉え方ができるというのはとても新鮮な気づきでした。自分の考え方の無意識な偏りや立場も意識的に考えましたし、その立場をあえてずらして考えるという取り組みも面白かったです。それらを通して自分の今までの臨床業務、患者さんとの対応を振り返るような機会にもなりました。「健康社会学」という名称はなんとも硬い感じですが、授業はとても熱い内容でした。関連して、「健康教育学」「社会と健康Ⅰ」「社会と健康Ⅱ」も合わせて履修するのがおすすめです。

その他で特に印象に残っているのは、医療コミュニケーションの奥原先生の授業です。行動変容のためのヘルスコミュニケーションに関連する授業も面白かったのですが、それ以上に、奥原先生から学生への「研究に向き合う心持ちについてのメッセージ」は熱かったです。

インターンシップに行けるのも学生ならではの特権ですよね。私はSPHの授業として斡旋されているインターシップに参加しました。医療現場の臨床で働いているとインターンシップに行くことはないので貴重な経験でした。

私はSPH以外の授業はほぼ履修していないのですが、唯一、東大松尾研のGCI winterに参加しました。こちらはオンライン授業で、リアルタイム参加じゃなくてOKなのでデータサイエンスの基礎やPythonでのプログラミングを学びたい初学者の方におすすめです。私はPythonをほぼほぼ触ったことがなかったのですが授業内容についていけました。ただ最終課題はあるていど時間をかける必要があるので、SPH1年コースの方で課題発表をする方は、課題発表(1月上旬)とGCI winter(最終課題1月下旬提出)が時期的に被ってしまうので忙しいかもしれません(GCI summerなら大丈夫)。光栄なことに2024年GCI winterの優秀生に選んでいただけました。

 2年次に他の学部の授業もいくつか聞きたいと思っていますが、もろもろ仕事を増やしてしまった関係で、どの程度とれるか検討中です。当然ですが、課題研究やそれ以外の研究も進めています。2年目も充実した学びを得られるように一日一日を大切にしていきたいと思っています。

以上、東大SPH1年目の振り返りでした。

コメント

  1. 柿沼裕樹 より:

    やっち様のブログを拝見させていただきました。
    今年SPH受験予定の柿沼と申します。
    参考になる内容沢山あり、とてもありがたいです。

    1つ質問させていただきたく連絡させていただきました。
    先生は1年コースと2年コースをどのような理由で選択しましたでしょうか?
    そろそろ願書の時期でコース選択で迷っております。
    個人的には2年コースが期間としては希望なのですが、受験要項に1年コース→2年コースの判定も可能とあり、後者のほうが受かる可能性が少しでも上がるのであればとも愚行しています。
    そもそも1年コースのほうが難しいのあれば、そのまま2年にだそうかなとも思っています。
    選択について、ご意見いただきたいです。

    お時間ありましたら、お返事いただけると幸いです。

    柿沼

    • やっち より:

      柿沼様、ご連絡いただきありがとうございます。返信遅くなってしまったのでのもしかするともう遅いかもしれませんが回答いたします。私も1年コースと2年コースの選択は迷いました。私が2年コースを選んだ理由は、自分のキャリアを変更することを検討するためには1年では足りないと考えたからです。また、もし、入学後にご自身の研究課題に取り組みたいと思っているようでしたら、1年コースの場合は、計画的に進めないと結構忙しいかもしれません。(もちろん、1年コースでも研究できないわけではないです!)
      1年コースと2年コース両方に申し込む場合と、2年コースのみの場合の合格の可能性に関しては、募集要項に載っていること以外にはわからないのでなんとも言えません。

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