はじめに
2023年の東大SPH入学試験を受験し,無事に合格しました.SPHを受験しようと思ったきっかけは,現在取り組んでいる課題を解決するためにデータベース研究を学ぶ必要があると思ったからです.がっつりとした試験勉強は久しぶり,かつ仕事と子育てしつつだったのでなかなかに苦労しました.今後受験することを考えている方に参考になればと思い,私の受験対策をまとめておきます.
試験対策の全般はこちらのブログが非常によくまとまっているので,私も隅々までみて活用させていただきました.東大SPH受験を考えている方は,まずこのブログを熟読することから始めると良いと思います.
私は試験前5ヶ月の3月後半から準備を始めました.振り返ってみると自分にとっては早すぎず遅すぎずいいタイミングだったように感じます.まず試験の全体像を把握するために,いきなり過去問を最新のものから解いてみました.最初は全体で4〜5割程度しか理解できてなかったです.東大SPHの試験は,試験問題がとてもよくできて,過去問をやることで公衆衛生大学院でどういったことを学んで行くのかをおぼろげながら掴めるので,事前知識があまりなくても過去問をまずやってみるというのは大事でした.問題の出題され方がわかってくると,過去問以外からの勉強もはかどります.
私は過去問をスキャンしPDFにして,愛用しているiPad mini 6に取り込み,GoodNotesというアプリでpdfに書き込みながらやってました.iPad miniのサイズ感は通勤中にも手に持ってできるので便利です.過去問は複数回やることになるので,1回目,2回目とフォルダ分けしておくことで過去問周回の進捗状況も把握しやすく良かったです.
試験科目は,筆記の一次試験には英語,公共健康医学基礎,統計学,専門分野の論述問題,小論文があり,一次試験合格者は2次試験として面接があります.各試験の私の勉強方法をまとめてみます.受験を検討している方はぜひ見てみてください.各科目の配点は上述のブログを参考にしてます.
英語 (長文読解3問) 130点満点
英語問題は長文読解3題で構成されており,英文のテーマは公衆衛生,健康問題,疫学,研究,環境問題などの専門的な文章が選ばれています.ここ最近はLancetやNew England Jornal of Medicineといったトップジャーナルの総説などが多いようです.英文の傾向を把握するためにも英語が苦手でも過去問をまずやってみるのが大事です.分野によって頻出の単語や表現があるため,過去問をやるほどよく使われる単語の記憶が定着します.過去問の英文は全文入手して通読しておくと,英文のうちのどこが切り取られて試験問題になっているのかなどもわかるのでおすすめです.
直近5年分の出題された英文の分野と雑誌,出版年をまとめると下記のようになります.英文の詳細は過去問でご確認ください.
年度 | 分野 | 雑誌 | 出版年 |
2023 | Data sharing | BMJ open | 2017 |
2023 | Smoking | NEJM | 2023 |
2023 | Climate change | Lancet | 2021 |
2022 | Public health | NAM Perspectives | 2022 |
2022 | Public health | Lancet | 2017 |
2022 | Pollution | Lancet | 2014 |
2020 | Mental health | NEJM | 2018 |
2020 | Resarch Method | The Philosophy of Evidence-based Medicine. | 2011 |
2020 | Climate change | NEJM | 2019 |
2020 | Resarch Method | BMJ Open | 2018 |
2019 | Resarch Method | Ann Intern Med | 2016 |
2019 | Mental health | Nature | 2008 |
2019 | AI | ? | 2017 |
2019 | Public health | Journal of Aging and Health | 2018 |
2018 | Biomedical ethics | Book | 2013 |
2018 | Public health | The Lancet Public Health | 2017 |
2018 | Medical law | NEJM | 2008 |
2018 | Cancer | Book | 2010 |
私はもともと自分の関連する英文の研究論文を読んでましたが,しっかり精読して読むということをあまりしていなかったので,構文や論理展開などの理解が難しかったです.最近では難しい文章はDeepLなどに頼り切ってましたし...
英語の読解能力を高めるために構文理解と精読が必要と思い,まずYouTubeで塾講師の方がやっている精読の動画をみて勉強しました.それだけだとまだまだ不足していると感じたので,いろいろ調べた結果,「英文読解のグラマティカ」,「東大入試 英文要約のグラマティカ」の二冊を購入しやりました.この二冊はおすすめです.英文読解のグラマティカと英文要約のグラマティカを読んだことで,主語,主題の捉え方,倒置表現がなぜ使われるのか,論理マーカーと論理の流れや,文と文の相互の役割(言い換えの関係や抽象↔具体など)が理解できるようになってきました.これが理解できると,読解のスピードが上がるだけでなく,空所補充問題や文整序,パラグラフ整序を解く精度も上がりました.また,英語の文章の美しさを感じられるようになってきて,英文を読むことが楽しくなってきました.試験関係なく上記二冊はまた読みなおす予定です.
また東大SPH教授の康永先生の「必ず読めるようになる医学英語論文 究極の検索術×読解術」も読んでみました.この本の中で英文の英語要約が良いトレーニングになると書かれていたので,やってみようかと思っていたのですが,そこまでは必要ないかと考え,結局やらずじまいでした.当日の試験で,英語要約の問題が出たときは絶句しました...今後も要約問題がでる可能性があるとしたら,練習しておく必要があるかもしれません.その点でも英文要約のグラマティカは,キーセンテンスを見抜く演習ができるのでやっておく価値があるかもしれません.
単語力に関しては,英文中で出会う未知の単語はまず前後文脈,言い換え表現などから推測した上で,英英辞書で調べて意味を確認して語源のところも読むということを繰り返しました.また類義語も確認して,その単語の上に類義語を書いて類義語も合わせて理解するようにしました.これは類義語や対義語も試験問題で問われることがあることの対策です.どうしても覚えられない難解な単語は,google でその単語を検索してその画像検索結果をみたり,自分で関連する概念の絵を書いたりしてました.単語帳を作ったりはしなかったのですが,自分的には単語だけを暗記するよりも,上記の方法のほうが記憶の定着が良いように感じます.
あとちょっと変わった勉強方法として,英文を読んでいてどうしても理解できない構文があったときに,ChatGPTにその文章を入力して構文や文法,語順の理由,などなど質問するという方法で文の解釈を深めるということをやっていました.自学自習の場合,誰かに質問するということができないので,ChatGPTは心強い味方になってくれました.
英語が得意ではない私にとっては,試験問題を2時間でやり切るのは時間ギリギリになることはわかっていたので,当日は一題かけられる時間を最大35分として,記述問題は書ききれなくても次の大問に移るようにしました.結果全部の問題を解くことはできましたが,記述問題はボロボロだったと思います.
東大SPHの英語試験は,英語が得意な人にとっては安定して得点を稼げると思います.苦手な人もここで7割くらい取れてないと厳しくなるのでとにかく事前準備を頑張るしかないです.
公共健康医学基礎 (択一問題) 40点満点
出題範囲が広いのに20問しか出題されず,勉強時間がかかるわりに,勉強すればするほど得られる点数のリターンは少ないかもしれないという,やっかいな科目です.過去問の類題がある程度は毎年出されるので,とにかく過去問をやるしかないです.逆に言うと,過去問以外に手を広げても得られる点数は多くはないかもしれません.
近年のトピックス的な話題に関連する選択肢も出るのが特徴です.例えば2023年入試では,”2022年の出生数は〜”とか”2022年の死亡数は〜”やSDGsに関連する設問がありました.このあたりは教科書で調べるのもありですが,日々のニュースにアンテナはって普段から意識して数字や内容を理解しておくと良いと思います.毎年,年度末から年度初めにかけて,去年の統計データがニュースで流れるので,随時チェックしておくとただ暗記するよりも記憶の定着が良いです.アンテナのはり方を掴むためにも過去問を早めにやっておくことが大事です.これは私見ですが,2023年の試験は特定検診の設問などもあり,”現場で関わっている人は難なく解けるけど,教科書的な勉強しかしていない大学生あがりの人とかには解きにくい”みたいな設問を作ることで,現場で働く保健師さんなどにわずかでも有利になるようにしているように感じます.ちなみに,私が出そうだなとヤマはってたところはことごとく出ませんでした..
鉄板の参考書は「公衆衛生がみえる」です.私はこれに過去問の内容の書き込んだり,最新の数値を書き込んだりしてました.あとは,もともと読んでいたものもありますが,関連する本を何冊か読みました.
読んだ本を列挙すると,こんな感じです.
- 基礎から学ぶ 楽しい疫学 第4版 注釈が秀逸 文章読みやすく疫学が楽しくなる
- わかりやすいEBNと栄養疫学 疫学の全体像を把握するのに役立つ
- 世界一わかりやすい 「医療政策」の教科書 医療政策や倫理など関連する話題あり
- 健康格差対策の進め方: 効果をもたらす5つの視点 集団アプローチ,ハイリスクアプローチなどはこの本で最初に知りました
- 健康格差社会 第2版: 何が心と健康を蝕むのか 私の興味関心が健康格差なのでこの本も
- 因果推論の科学 「なぜ?」の問いにどう答えるか 因果推論について深めたいなら.バイアスとかにもちょっと詳しくなれるかも
統計学 (択一問題) 20点満点
統計学の分野は配点少ないですが,過去問をしっかり理解して解けるようになってさえいれば高得点を望める分野ですので,統計が苦手な人も過去問が完璧に解けるところまでは必ず到達しておくと良いです.馴染みのない人には最初はチンプンカンプンだと思いますが,似たような問題が毎年出題されているので,実は求められているレベルはそれほど高くなく,繰り返し解けばできるようになるはずです.
勉強方法としては,最初に紹介したブログの管理人さんがおすすめしている「統計学演習」の例題をひととおり解くのが全体を把握する上で良いです.私は例題のみ2周しました.が,統計学演習の例題のほうがSPHの試験問題よりも若干難解なので苦労しました.そこで,私は最初に「完全独習 統計学入門」を読んで,標準偏差や検定のざっくりとした理解を作ってから「統計学演習」の例題をやりました.あとはYouTubeに統計を解説してくれているチャンネルが複数あるので,それを見てました.一番見たのは「統計学の基礎(全50本)」という動画です.料理や掃除しながら毎日ちょっとずつ見てました.全部の動画をみて練習問題も解けるようにしておけば,モレなく試験範囲の内容をおさえられるのでおすすめです.あとは京大生物統計学の動画もみました.研究に馴染みがないには方はちょっと難しく感じるかもしれませんが,なおのこと見ておくと良いかもしれません.
統計検定2級の問題は,東大SPHの試験範囲や出題の仕方と異なっている部分が大きいのであまりやらなくてもいいような気がします.私は統計検定2級の勉強はまったく手をつけませんでした.
繰り返しますが,過去問が完璧に解けるようになっていれば,絶対に高得点がとれます.(配点は低いですが...)
論述問題 (専門分野9問から4問選択) 80点満点
9つの専門分野から4分野を選択して回答する記述形式の問題です。選択分野は,疫学,医学統計,予防医学,健康教育,精神保健,医療倫理,医事法,公衆衛生調査方法論,医療情報システムです.年度によって問題の難しさが異なり,かかる時間もかなり変わってくるので,試験当日の問題選択と時間配分が肝心になります.
ちなみに私は,疫学,医学統計,予防医学,健康教育,精神保健,公衆衛生調査方法論の過去問を解いておき,本番では,疫学,予防医学,健康教育,精神保健,(補欠:公衆衛生調査方法論)を解くつもりでいました.
当日の2023年度の問題は疫学がちょっと時間かかりそうだったので(字数指定の問題があった),疫学ではなく公衆衛生調査方法論を選びました.予防医学もかなり記述量が多くなったため,時間がかなりきつくなって焦りましたが,なんとか全設問に回答することができました.よほど自分の知識にドンピシャな問題が出ない限りは,超高得点が難しいと思われるので,各選択問題に対して7割以上の解答を揃えるということを目標にしてました.
完璧な解答を作れることがベストではありますが,悩んで時間をかけすぎず,部分点狙いを割り切ってどんどん書いていくのが個人的にはおすすめです.私は一題最大15分と時間決めておき,途中でも次の選択問題に移り,最後に余った時間で書ききれなかったところに追記する作戦でやりました.このあたりの時間配分をイメージして過去問の練習をしておくと良いと思います.
小論文 40点満点
「知識または実務経験に基づく公衆衛生上の課題と対策について」という毎年同様の課題が出されています.配点40点と割と多いですが,採点基準が不明なのでどういった文章が高得点とれるのかよくわからないところが難点です.
「小論文」という形式で文章を書いたのは高校時代が最後なので,なにか参考にしようかと本を探してみましたが結局なにも買わず,もともと持っていた理科系の作文技術を読み直すことだけしました.10年ぶりくらいに読みましたが,今読んでも参考になる部分があり,文章を書き始める前に読んで良かったです.
設問の書き方から採点ポイントを推察するに,「課題と対策の論理的整合性」が最も大事なところなのかなと思い,課題の提示→なぜそれが問題か?→現在わかっていることわかっていないことの整理(先行研究まとめ)→自分の考える対策の提示(SPH在学中にやれる現実的な内容+よりアンビシャスな内容)→結論(要約)という構成に落とし込んで作成しました.
字数制限もないのでどのくらいのボリュームで書くかも悩みどころです.解答用紙はA3用紙くらいの大きさがあり両面使えるので書こうと思えばかなりの文字数書くことも可能です.ただ,人によって字を書くスピードが異なると思いますが,1時間という時間を考慮すると最大2000字前後が目安になるのかなと思います.私は1900字程度書きました.本番は指が疲労で攣りそうになりながら,なんとか書ききりました.ただでさえ字が汚いのに,さらにぼろぼろな字になり,読み取ってもらえるか心配しながら提出しました...
書いた文章は時間をおいて推敲するのが良いので,早めに準備しておくのをおすすめします.また,他の人にも読んでもらってアドバイスをもらうことをおすすめします.自分一人では論理の飛躍など,どうしても気づきにくいところが必ずあるはずです.私は,同じ分野の同僚2名と知り合いの大学教員1名に意見もらって,いい感じにブラッシュアップできました.
面接 (筆記試験合格者のみ) 採点不明
一次試験を通った方のみ二次試験の口述(面接)があります.時間は10分でした.私は二年コース志望だったので,同時間帯に二教室で一名ずつの受験者が10名ほどの教授陣と面接する形式でした.一年コースは一つの教室だったので教授陣全員との面接なのかなと思います.
面接で聞かれた内容は,以下のような感じで圧迫感もなく,よくある面接の雰囲気でした.
- 公衆衛生大学院を志望した理由
- 複数の大学院がある中でなぜ東大を選んだか
- 小論文の内容について
- 小論文の内容以外で興味のあることややってみたいことはあるか
- 卒業後はどうするつもりか
小論文の内容についてが一番時間をとりましたが,書いた内容をよく読み取って頂いた感じで「〇〇に特に注目したのはなぜか?」,「どうやってそれを明らかにするつもりか?」といった質問をとおして内容について深めていくようなディスカッションでした。私の提示した方法に対して,より明確なアドバイスももらえました.論文諮問のように厳しく細かい点まで詰められるかと覚悟していたので,安心して受け答えできたと思います.全体的に落とすための面接というよりは,本人のやりたいことが公衆衛生大学院に向いているのか,研究を進める上で基本的な質疑応答ができるか,本人がSPHに求めていることとと実際のSPHの提供できるものとのギャップがないか,といったことを確認されたのかなという感じでした.どういう採点になっているのかは不明なのでなんとも言えないところもありますが.
実際の点数
得点開示請求をしてから約1ヶ月で,私の実際の得点が郵送で自宅に届きました.
英語 | 公共健康医学 | 統計学 | 専門 | 小論 | 合計 | |
得点 | 112 | 28 | 19 | 57.5 | 28.3 | 244.8 |
満点 | 130 | 40 | 20 | 80 | 40 | 310 |
正答率(%) | 86.2 | 70.0 | 95.0 | 71.9 | 70.8 | 78.9 |
全科目7割超えの目標を達成できていてよかった.英語の得点が思っていたより高かったのは自分的には謎です.
得点開示請求の方法は下記リンクを参照ください.

まとめ
本番の試験では英語で点数をとれた感覚がなく,択一問題から巻き返そうと思ったら,公共健康医学基礎が回答を絞り切れない問題が多く,これは場合によってはけっこう間違えてるなという感触で,論述はなんとかすべて回答したが高得点望める感じではなく、、、といったように終わっていき,まったくと言っていいほど自信はなく,これは落ちたなと思って帰宅しました.
勝因があったとすれば,時間配分をきっちりやって全部の問題に何かしらの回答をそろえたこと,あきらめずに書ききったことかなと思います.
私はここまで計画的に試験勉強をしたのは初めてのことだったように思えます.毎日の晩酌もやめ,仕事と家事や育児以外は,できる限りすべての時間を勉強に費やしました.試験が近づくにつれ家族との時間は通常よりも減ってしまっていたので,妻や子どもにも負担をかけてしまったところもありました.それでも支えてくれた家族に感謝です.
東大SPHは仕事をしながら受験する方も多いと思います.私の受験勉強の方法がなにかしらの参考になれば良いなと思います.
今後,SPHに関連する話題もブログにときどきアップしていきたいです.
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