ライフサイクルを通した運動器疾患の予防を考えるというテーマでちょっとした話をする機会があったので、内容まとめておきます。
ライフサイクルとは”誕生から死にいたる人の一生。人生の周期。生活周期。” (大辞林より)
人生100年時代の到来
人生100年時代と盛んに言われるようになってきています。
2007年うまれの子どもの半数が到達する年齢の予測では、日本は107歳という予測データもあります。
リンダグラットンはライフシフトという著書の中で、このように述べています。
エイジ(年齢)とステージがイコールで結びつかなくなる。寿命が延びるとは、老いて生きる期間が長くなることだと思われてきた。しかし、その常識が変わり、若々しく生きる期間が長くなる。
リンダ・グラットン; アンドリュー・スコット. LIFE SHIFT(ライフ・シフト)―100年時代の人生戦略. 東洋経済新報社.
とはいっても、最後まで健康で生きられる人は多くありません。健康寿命と平均寿命は約10年の差があるというデータがあります。
要介護になってしまう原因は種々ありますが、第一位は脳血管疾患。円グラフにすると次の図のようになります。
私がおもに関わりのある運動器のリハビリに関連するのは、関節疾患と骨折転倒で合わせると21%。
人生を100年と考えた時に、晩年介護が必要になってしまう状況をさけるためには、先を見通して運動器疾患の予防のための行動をすることが大事です。
運動器疾患も予防が大切
横軸を年齢、縦軸の上が健康、下が不健康というグラフを描いたときに、理想的には健康な状態を保って最後に落ちてしまう形になればいいですが、実際にはいろいろなケガなどで健康が損なわれてそこから十分に元の状態に戻れないまま徐々に落ちていきます。
できるならば、不調の時に専門家の適切なケアで改善し、セルフケア・予防で維持するというのがとても大事です。
予防ってよく聞きますし、言うのは簡単ですが、先を見通して予防するにはかなりのただしい知識が必要です。
これは予防というキーワードで論文検索した結果を年代でグラフにしたものです。
右肩上がりに増えていて、2019年では14万件を超えます。これだけ今は情報があふれています。
この情報を取捨選択して専門家がみなさんに伝えていくことが正しい知識を得るうえでとても重要です。
未病という言葉を聞いた事はありますか。最近なにかのCMでもやっていた気がするので知っている人もいるかもしれません。
予防医療にもとりくんでいる武部医師の本の文章を借りると、
現代に増えている疾患の多くは、おしなべて発症プロセスが極めて長いという大きな特色がある。未病とは、心身の状態を西洋医学的な健康と病気の二分論によって捉えるのではなく、健康と病気の間を連続的に変化するものと捉える概念
武部貴則. 治療では 遅すぎる。 ひとびとの生活をデザインする「新しい医療」の再定義 (日本経済新聞出版) 日経BP.
ということになります。
発症プロセスが長い疾患というのは運動器の疾患にも多く存在します。発症プロセスが長い疾患を予防するためには日々の積み重ねが大切です。
医療政策などで著明な津川医師は著書でこのようなことを言っています。
一度の食事の選択によって病気になったり健康になったりする ことはない。しかし、毎日の小さな選択は、確実にあなたを病気から遠ざけたり、近づけたりしている。多くの人に自分の意志で健康になるか、それとも病気になるかを選択する力を持っていただきたい。
津川 友介. 世界一シンプルで科学的に証明された究極の食事. 東洋経済新報社.
運動器の疾患でも同様のことが言えると思います。
例えば、骨粗しょう症ですが、高齢になってからの骨折する危険を高めるため予防が重要な疾患のひとつです。骨量変化というのはこの図のように18歳頃にピークになってその後は大きく増えることがありません。
女性は閉経とともに急激に減少してしまうのですが、先を見通した時に、いかにして18歳のころの骨量ピークを高めるかという視点がとても大事です
ただ中高生の頃にそんなこと考えないですよね。
更に身近なところの例では足関節捻挫があります。足関節捻挫の発生率は子どもで高いことが知られています。みなさんも小中学生くらいの頃に捻挫しているのではないでしょうか。
実は足関節捻挫も長い期間を経ていろいろな影響を与える可能性があります。
まず一回捻挫してしまうと再発する可能性というのが50~70%。 2人に1人以上が再度足首をひねってしまうんですね。
さらに、慢性的に足関節がグラグラして頻繁に捻挫してしまう状態になってしまうと、20~30年以上の長い経過のなかで足関節が変形してしまう可能性も高いといわれています。
さらには足関節に痛みなどの何らかの症状がある人はない人と比較して、膝の変形が進行する危険が3倍になるという報告もあります。
普段意識することはないですが、身体の動きはいろんな形でつながっています。
大きな可動性があったほうが良い関節や安定性が必要な関節があり、それが鎖のようにつながって運動を行っています。これを運動連鎖といったりします。
ちょっとしたケガでも動きが変化して全身に影響を及ぼすことがあるのでケガをした後の動きの不具合を修正する必要がある。それには専門家の目が必要です。
ところで、医療者から「運動しましょう」といわれたことありますか?
おそらくほぼ100%の人が一度はいわれたことがあるかと思うのですが、なぜかというと「運動」がいろんな疾患の予防の共通項になっているんですね。
なので医療者はとりあえず「運動しましょう」といっておけば間違いない。
運動するならば、考えておく必要のある要素があって、どうせやるなら”move well. move often”
これはFMSというアメリカのスポーツトレーナーなどの団体のスローガンです。
Move well 良い動きをする 質の高い動きをする
Move often 頻繁に動く
“良い”動きとは?
良い動きとはなにか?
いろんなことがいえるかと思いますが、私の中ではこの3つ
- 左右の均整がとれている
- 関節や筋にかかるストレスが適正である(偏りがない,負荷量が過度ではない)
- 機能的である
2×2の表を作って動きの量を縦、動きの質を横軸にとると、こんな図が描けます。
量が少なくて、質が悪いのは大問題ですが、悪い動きで量だけ増えてしまうとかえってケガにつながることもあります。
なので、理想的には良い動きを習得してたくさん動く、右上の状態を目指すことが大切です。
そして「良い動き」で「たくさん動く」ことが運動器疾患の予防につながる可能性があります。
良い動きをどうチェックするかは難しいところです。まずチェックすべきは、単純・ゆっくり・基礎的な動きというところです。
複雑で速い、例えば体操選手の捻りなどはかなり高度な専門家じゃないと分かりません。
基礎的な運動とは例えば、スクワット。
専門家の目ではこうやって見えています。
はじめてみるとよくわからないと思いますが、動作の分析とかをやっているとこういう感じで動作を解析したりします。ちなみに黄色矢印は床からの力です。
こういったことを専門家にアクセスすることなく自分でできるとセルフケアの質が上がりますね。いつでもパーソナルトレーニングや理学療法を受けられるような方ばかりではないので。
セルフケアの質をあげるための今後のキーワードは、ウェアラブルデバイスとAIだと思います。
ウェアラブルデバイスは現時点でも座りすぎを注意してくれたり、心拍数や歩数などを教えてくれてmove oftenを支えています。
良い動きをどうするかはまだいいものが少ないのですが、徐々に動作の分析などをスマホなどでもできるアプリケーションも活用されるようになってきています。この辺りは画像認識AIの精度向上が効いてきている感じですね。
こういったテクノロジーの使用についての最近の実例ですが、
人工膝関節全置換術後の患者さんに対して行った、自宅で行うヴァーチャル理学療法と通常の通院理学療法の比較という研究があります。結果としては術後3ヵ月時での膝や身体機能は差がなかった(同等に効果があった)ということでした。(Prvu Bettger J, Green CL, Holmes DN, et al. Effects of Virtual Exercise Rehabilitation In-Home Therapy Compared with Traditional Care After Total Knee Arthroplasty: VERITAS, a Randomized Controlled Trial. J Bone Joint Surg Am. 2020;102(2):101-109. doi:10.2106/JBJS.19.00695)
動作分析から運動を修正&運動処方をしてくれるAIがもっともっと出てくるでしょう。
個人的には、理学療法士はそういったテクノロジーを活用しつつ、手での治療や動作の修正、適切な運動を行うためのきめ細やかな指導に加えて、継続するための励ましや動機付けなど、情動的な面での援助ができる重要な役割を担えると思っています。
運動器疾患に対する予防戦略のまとめ
- 先を見通して今何をすべきかを知る
- ケガをした時などは専門家に修正してもらう
- 良い動きをする
- 頻繁に運動をする
- セルフケアの充実 AIの可能性
コメント