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【本】 『死すべき定め』と介護予防

本の感想や雑感など

理学療法、リハビリテーションのひとつの分野として、高齢者に介護が必要な状態になってしまうことをできる限り予防しようという「介護予防」という領域があります。私も勤務しているクリニックの地域で、介護予防という視点から転倒予防教室やサルコペニア予防教室の開催や地域高齢者の通いの場(集まって何かをする場)の支援などを行っています。

誰もが加齢とともに身体機能や認知機能は衰え、遅かれ早かれ、自立生活は不可能になります。そしていずれは死に至ります。現時点での科学、医学ではその定めから逃れることはできません。それは物事の自然な秩序でもあります。

介護予防の活動をしていると「いくら予防しても身体は衰え、いずれ迎える死は免れることができないのになぜ介護予防が必要なのか?」という疑問を持つことがあります。

そんな折、アトゥール・ガワンデの『死すべき定め――死にゆく人に何ができるかという本を読み、自分の中で腑に落ちた答えを得られました。

本書は外科医である著者が、老化と死のプロセスが医学的に管理されることがらとなってしまっている現状に問題を提起し、自身の患者や父の緩和医療に関わる経験や対話を通して、終末期医療、ホスピス、自律して生きることについて考察している。終末期のこと、誰もが避けられない死をどう迎えるのかを考えることで、どう生きるかということにもつながる視点が得られる。

エピローグに、「何が医療者の仕事なのか」という問いに対し、「人が幸福でいられるようにすること」とあります。そして、「幸福でいるとはどういうことか」というと、次のように書かれています。

幸福でいるとは人が生きたいと望む理由のことである。

 アトゥール・ガワンデ. (2016). 死すべき定め――死にゆく人に何ができるか

これだ、と思いましたね。介護予防も理学療法もすべて、「人が生きたいと思う理由をサポートする」、ことが重要な目的だと。

介護予防の目的とは、人が生きたいと望む理由を持ち続けるために身体の状態をできる限り保つこと。必ずしも自立した状態を維持できなくても、自律した生活を送れるように援助すること。介護予防はその人その人が自律した生活を保ち、生きたいと思える理由を持ち続けるための手段であり、介護予防自体が達成すべき目的ではない。

あたりまえのことのようですが、実際にいろいろと予防のための教室をやっていると、予防そのものが目的になってしまい視野が狭くなることがあります。あとは、予防医学の発展のために介入前後の比較や医療経済的な視点からのデータを集めたりすることがあるのですが、それだけにこだわりすぎると現場での活動に面白みが少なくなってしまうことがあります。

介護予防においてもあたかも認知症や身体機能の衰えは適切な治療や運動によってコントロールできるような話をよく聞きます。そういう効果のある話ばかりを聞いていると老化すらも管理可能なような錯覚を覚えてしまします。確かに筋力などは適切なトレーニングによって年齢に関わらずある程度は強化することができます。しかし実際には加齢に伴い徐々に衰えてしまいますし、認知機能に関しても保ち続けることは困難です。

高齢者にとって怖いものは死ではない、と超高齢者が教えてくれる。死よりも、いずれ起こってくること――聴覚や記憶、親友、自分らしい生き方を失うことが怖い。

アトゥール・ガワンデ. (2016). 死すべき定め――死にゆく人に何ができるか

高齢者が恐れていることは、死ではない。自分で自分のことができなくなったり、認知症になり周りの人のことも分からなくなってしまうことを恐れている。自分が自分でなくなっていく。喪失感。

そういったことを感じていると、高齢の方と話しているとわかります。私の祖母も認知症がすすみ料理がうまくできなくなってきたときなどに「おかしいねー」ととても寂しそうな顔で言っていたのを思い出します。あの時の祖母も、いままでの自分ではなくなっていってしまう恐怖を感じていたのではないかと思います。

そのときにどうすれば生きる意義を持ち続けることができるのか?

身体的な自由を一度失えば、自由と価値のある生き方はもう不可能という考え方に私たちは囚われすぎているようだ。

 アトゥール・ガワンデ. (2016). 死すべき定め――死にゆく人に何ができるか

本文中には、こどもたちとのつながり、社会とのつながり、動物などの生き物の世話などを通して、生きる理由を見出すことができる事例などが紹介されている。

都市部だと一人暮らしの高齢者も多く、東京でもっとも65歳以上の方の独居率の高い渋谷区では65歳以上方の34.7%はひとり暮らしです(下記図1)。

図1 高齢者のひとり暮らし割合TOP3

孤独は肥満よりも健康に悪く、約3割も死亡リスクをあげるといったちょっと恐ろしい報告(Holt-Lunstad, 2015)もあるので、独居の方が孤独にならないような社会の仕組みが作れると良いなと思います。

もちろん、好んでひとりでいる場合もあると思います。ひとりでも自律した生活を送れるような支援が必要なのですが、やはり多くの人がより幸福に生きるためには、人と人とのつながりを保てる社会環境の構築が必要だと感じます。

都市部においても、子ども〜老人までが関係性を保てるコミュニティの形成が課題です。withコロナの時代においてはますます難しい課題ですがよりいっそう重要性を増していると思えます。

時がたつにつれて人生の幅は狭められていくが、それでも自ら行動し、自分のストーリーを紡ぎ出すスペースは残されている。

 アトゥール・ガワンデ. (2016). 死すべき定め――死にゆく人に何ができるか

リハビリテーションはあの手この手を使い、対象者個々人のストーリーを紡ぎ出すことの手伝いをすることができる職業だなと思っています。自分が関わる人たちの豊かなストーリーの一助となれるよう、日々の臨床や予防事業に取り組んでいこうと思います。

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