スポーツにおける外傷予防を考える際に,受傷のシーンの分析は重要です。最近私はラグビーのボールキャリアー(オフェンス時にボールを持っている人)がディフェンスを抜くときのステップについて考えています。
先行研究を探していて,ラグビーにおける前十字靭帯(ACL)損傷シーンのビデオ分析の論文1) を見つけたのでまとめます。
▸方法
2014年1月~2015年12月の期間におけるラグビー試合中のACL損傷をインターネットで検索した。後ろ向きにデータを検索している&倫理的な問題のため選手の詳細なメディカルレコードなどなし。カメラで撮影された動画も1~3視点とまちまち。
5名の解析者が受傷シーンのビデオを観て,初期接地とACL損傷のタイミングを推測。会議を行い4/5名の合意が得られたタイミングを初期接地,ACL損傷のタイミングとした。ノンコンタクト損傷とコンタクト損傷(indirectとdirect)に分けた。動画から選手の移動速度と下肢関節角度を算出した。
ノンコンタクト損傷はサイドステップの際に生じることが多いため,サイドステップの際に損傷していないケース51例をコントロール群として設定した。
▸結果
試合中のACL損傷発生率は0.43 per 1000 player hours。
36ケースがビデオ解析可能だった。22ケース(63%)はオフェンス中に受傷。
20ケース(57%)はコンタクト損傷(ラック4,タックルして5,タックルされて9,セットプレー1,キック1)
コンタクト損傷はタックルされての受傷がもっとも多かった。
15ケース(43%)はノンコンタクト損傷 (オフェンスラン11,ディフェンス3,セットプレー1)
ノンコンタクト損傷の多くはオフェンス中のサイドステップ動作中に生じていた。サイドステップで損傷した10ケースのうち9ケースは初期接地が踵から着いていた。初期接地時の股関節屈曲角度は40°以下,膝関節屈曲角度は20°以下であった。
受傷していないコントロール群37ケースのサイドステップでは,踵から初期接地していたケースは8ケースのみだった。
ノンコンタクト損傷が試合中のどの時期に発生したか,またその時の初期接地の場所をグラフ化したのが左の図。ノンコンタクト損傷と踵からの初期接地は試合後半(第4クォーター)に増える傾向があった。
膝関節屈曲角度の中央値はACL損傷群で10°,コントロール群で20°だった。損傷群にて膝関節屈曲角度が有意に少なかった(p<0.001)。
足関節背屈角度の中央値はACL損傷したケースで10°,コントロールで0°だった。損傷群にて足関節背屈角度が有意に大きかった(p=0.033)。
▸考察
ラグビー試合中のACL損傷の特徴をまとめてみると,下記のことが挙げられます。
- ラグビーはコンタクト損傷多い(57%)。他のスポーツのコンタクト損傷は,サッカーが36%2),バスケットボールが28%3)程度です。コンタクト&コリジョンスポーツならではの特徴ですね。
- ノンコンタクト損傷中の67%がサイドステップでの受傷。61%がオフェンス中に発生。オフェンス中の発生が多いというのもラグビーの特徴です。
- ノンコンタクト損傷では足関節が背屈位で初期接地が踵から入るパターンが多い。つま先から接地すればふくらはぎの筋が地面からの力を緩衝できる可能性あり4) 。
- 47%のノンコンタクトACL損傷が試合ラスト20分に起きていた。これは疲労が影響していると考えられる。また,試合後半になると初期接地が踵になるステップが増える傾向があるため,踵接地にも疲労が影響している可能性がある。
著者からのACL損傷予防に関する実践メッセージとしては,以下の2つ。
- 方向転換テクニック(特にサイドステップ)は初期接地での膝屈曲を増加させる。
- 初期接地での踵接地(ヒールストライク)を避けるフットワークトレーニングをする。
減速や方向転換はつま先接地で行う!という指導はスポーツ現場やリハビリ場面でやりますね。
では,サイドステップ時に踵接地することは膝にどのような負荷がかかりACL損傷リスクにつながるのかということが気になります。Kristianslundら5) はハンドボール選手のサイドステップ時の動作解析の研究で,膝関節外反モーメントに影響する身体運動について検討しました。ACL損傷は膝外反強制で受傷することが多いので膝外反モーメントを減らすことのできれば予防にもつながるのではという流れですね。
サイドステップ時の初期接地のテクニック要素として,下記図のようなパラメータを算出し膝関節外反モーメントへの影響を回帰分析で検討した。
結果としては,Width of cutが狭く(身体重心と踏み込み足の距離を狭く),膝外反角度が小さく,つま先接地することが膝関節外反モーメントを小さくしてサイドステップカッティングを行うためのポイントという結果でした。
左図は各要素が1SD増加したときの地面反力と膝外反モーメントアームの変化率です。
サイドステップする際の身体重心の速度が速いほど,減速して方向を転換するために必要な地面反力が大きくなるので関節モーメントも大きくなるのですが,地面反力よりもモーメントアーム(この場合は膝関節から地面反力作用線までの距離)のほうが膝関節外反モーメントに効いてくるというのが面白い。
左の図は各要素が1SD分だけ増加したときの膝外反モーメントの変化率です。
膝外反の増大,Cut widthの増大,Cutting angleの増大,そしてアプローチスピードの増加が膝外反モーメントを増加させています。一方でつま先接地だけが膝外反モーメントを減少させます。
つまり,サイドステップ時につま先接地することで膝外反モーメントが減少し,ACL損傷のリスクを減少させることができると考えられます。
その他にも,踵接地とつま先接地で下腿の回旋方向が変わるなどの話も聞いたことがありますが,参考文献見つけられませんでした。
ラグビー選手のトレーニング,リハビリテーションを行ううえで,パフォーマンスが高いことを担保しつつ,ACL損傷予防のためにアライメントや接地方法などを修正することが必要ですね。
引用文献
1)Montgomery C, Blackburn J, Withers D, et al.Mechanisms of ACL injury in professional rugby union: a systematic video analysis of 36 cases. Br J Sports Med 2016;0:1–8.
2)Waldén M, Krosshaug T, Bjørneboe J, et al. Three distinct mechanisms predominate in non-contact anterior cruciate ligament injuries in male professional football players: a systematic video analysis of 39 cases. Br J Sports Med 2015;49:1452–60.
3)Krosshaug T, Nakamae A, Boden BP, et al. Mechanisms of anterior cruciate ligament injury in basketball: video analysis of 39 cases. Am J Sports Med 2007;35:359–67.
4)Boden BP, Torg JS, Knowles SB, et al. Video analysis of anterior cruciate ligament injury: abnormalities in hip and ankle kinematics. Am J Sports Med 2009;37:252–9.
5)Kristianslund E, Faul O, Bahr R, et al. Sidestep cutting technique and knee abduction loading: implications for ACL prevention exercises. Br J Sports Med 2014;48:779–83.
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